2026年5月4日(月、祝)岡山へ引越しした岩田君を訪問(若山@枚方)

岡山へ引越しした岩田君を訪問

ゴールデンウィークに岡山の実家へ帰省した折、岩田君を訪問してきました。
引越し先(PDハウス岡山辰巳)へ到着し玄関に入ると、岩田君が丁度お風呂から部屋へ戻る途中で、私と玄関でばったり。「あ!若山君!」とはっきり、大きな声で呼び掛けてくれました。元気な声が出ていて、新しい場所でも問題なさそうな感じでした。
岩田君の部屋には、4月上旬に大阪から岡山へ転院した際の引っ越し荷物がまだ段ボールで積まれていたので、片付けのお手伝いをしてきました。とは言っても、量が少なかったので少しまとめて、ダンボールを4つから2つに減らしただけです。残りは次回に。
岩田君が転院した施設は、岡山勤務の時に私が借りていた住居から200m程の距離で馴染みの場所でした。近隣の地理やお店などを知っているので、いろいろと協力できるかなと思います。

今回は私が以前に住んでいた場所を紹介しながら、近所のディスカウントストアへ買い物に行き、ラーメン屋で昼食をとってきました。ディスカウントストアは、当たり前ですが値段がかなり低く設定されているので、本人は値札をみては「安!」を連発。店内を縦横無尽に4周以上したと思います。簡単な食べ物だけ選ぶのかと思っていたら、なんだか片栗粉や砂糖、炒り胡麻なんかも。こし餡も買ってたので、なにやら和菓子を自作するるんじゃないかと想像しています。岩田君は学生時代は自炊もしていたし、釣ってきた魚を一夜干しにしたり、他にも凝った料理もしていたので、きっとそうだと思います。
昼食まで一緒に過ごし、昔話やそれぞれの卒業後の事を話したり、今度、釣具屋に行ってみたいなどの希望を聞いたり、たくさん会話をしながら施設へ戻り、次回、会う約束をして施設を後にしました。

写真の岩田君が持っているのは、買い物の戦利品です。たくさんの種類が入った、かなり大きなクッキー缶です。山田先生に見つかったら怒られるなぁ、なんて言いながら逡巡していましたが、我慢できなかったようです。大きなクッキー缶は、(職員に)見つからないよう部屋に残っている段ボールの隙間に押し込まれ、はみ出たところを脱ぎ捨てた衣服で隠されていました。
次回の訪問時に、クッキー缶の中身がどれだけ減っているのか楽しみです。

若山

山田コメント:今回、彼が持っている唯一の決済手段であるDebit cardがお店で使えなかったのをいいことに、爆買い(無駄遣い)をさせてしまいました。生活保護で毎月の経済規模が決まっているので、「付け」はいずれ自分に回ってくるのですが、、、。歯が無い口でジャンクフードを大量に食べるので、これまでにも2回腸閉塞で入院しています。入れ歯を作って我慢して使用しないと体調を崩すだけでなく今極端に悪くなっている活舌も改善しません。見た目も老人のすぼんだ口になっています。

*2026年4月9日(金) 岩田君の岡山への引越が無事済みました!

かねてより準備していました、岩田君の引越(PDハウス門真からPDハウス岡山辰巳)を去る4月9日敢行し、無事終えることが出来ました。

3週間前から準備した荷物も当日朝同じ介護タクシーに積み込み、門真の施設を朝9時半に出発しました。出発時、施設前での記念写真です。現旧の施設長と担当看護師が一緒です。

途中兵庫県龍野のサービスエリアで昼食をとり(岩田君は久しぶりのカツどんを堪能しています)、午後1時半ごろ無事施設に尽きました。所用時間約4時間でした。

以下の写真は、新しい施設の居室とリハビリ室です。到着後、2時間位は、岩田君も参加して、新しい施設スタッフの紹介と顔合わせを兼ねた打合せを行いました。参加者は、ケアマネ、担当看護師・介護師、薬局の人、アメニティ会社の人など多数で、一度には覚えきれません。また同時に、沢山の書類に住所・氏名の記入を要請されました(私(山田)はキーパーソンとして)。食事の写真は、翌10日の昼食時のものです。私も一緒に食堂で食べました。

私は10日で大阪に帰ってきましたが、PC用のシステムデスクを組み立てたのみで、荷物の開梱や整理が余り出来ていません。施設のスタッフの力を借りながら、ボチボチ生活環境を改善していきたいと思っています。

岡山は皆様ご存知のようになかなか良いところで、機会があれば是非立ち寄ってみて下さい。写真は岡山城の近影と県立博物館(後楽園の向かいにある)の正面玄関です。

 

*佐々木君(旧堀研)の近況報告

旧山田研・堀研の皆様

2002年に堀研究室を卒業し、2009年はポスドクとして山田研究室でお世話になった佐々木です。ご無沙汰しております。

 早いもので私は今年で55歳になります。

 現在は所属先の会社(北陸電気工業)で開発した製品の量産化のため2023年末から生産移管先の関連会社に出向しております。

https://dempa-digital.com/article/661103

量産立ち上げや顧客対応が増えて業務スタイルがだいぶ変わりましたが、先生から頂いたチャンスで入社できた会社ですのでそれなりに貢献してリタイヤしたいと思います。

  また、身体的には老眼が進んだ以外は何とか大病を患うことなく元気にしております。その代わり、妻が一昨年に乳がんと申告され、昨年には患部除去手術を行いましたがお陰様で現在は再発も無く順調に回復しています。そして、双子の娘は3月に高校を卒業し、4月から長女は富山県内の短大に、次女は埼玉県新座市にある大学に進学します。以前、先生がこの年代になると金がかかると仰っていたのを身に染みて理解できました。

 末筆ですがいつか先生にお目にかかり、ゆっくりとお話しできる日を楽しみにしております。もしお会いできたらセカンドキャリアについてのアドバイスが頂けると嬉しいです。時節柄、くれぐれもご自愛ください。

 恥ずかしながら近況の写真を送ります。2枚目の写真は右が長女で左が一才の時に山田研BBQで先生が抱っこしたら大泣きした次女です。尚、本人は大泣きしたことを全く覚えていないそうです。

 それでは。

㋹パーキンソン病についての解りやすい解説記事

一つ前の岩田君についての報告で、彼がパーキンソン病であること、発症以来ほぼ10年が経過した今、同病関連の専用老人施設にいること等を紹介しました。知らない人も多いかと思いますので、この病気と近く始まるiPS細胞による治療について解説した記事を掲載しておきます。

彼は40代で発症していますので、若年性なのですが、どうも家族性らしく、有効な治療法がない今、症状は徐々に進行しています。来月(元)家族の居住地に近い岡山に引っ越すのですが、岡山でiPS細胞治療を受けられる見通しはまだ立っていません。それは、治療薬がまだ条件付き承認なので、対象になる患者が7年間で極めて少ない(35人)からです。

 

pdf:世界初のiPS細胞治療、対象は少数でも患者が抱く「かすかな希望」:朝日新聞

これからも生活保護下での厳しい施設生活が続きますが、同窓生の力も借りつつ何とか支え続けていきたいと思っています。また私自身は、この間彼の独り暮らしを支える中で、老人施設のこと、障害年金や生活保護の申請のこと等、色々学びましたので、今後皆さまが自身の親のことなどで困ることが有りましたら、相談に乗れるかもしれません。私も既に高齢なので、どれだけお役に立てるかどうかわかりませんが。

山田省二

*日高君の大阪での送別会を開きました!

去る3月9日(月)、日高君(2026年3月まで大阪大学理学部勤務)の大阪での送別会を開きました!彼の出身大学である大阪工業大学でお世話になった先生の一人である藤元先生にご同席頂き、地下鉄谷町線守口市駅近くの和食さとで昼食をともにしました。

移動先は、産総研の量子関係の大プロジェクトに関わるようです。研究も出来そうなので、可能であれば、いま少しやっている共同研究も継続したいと思っていますが、多忙になりそうなので暫くは無理な印象です。

知り合いも多い筑波ですので、何とか新しい環境にも比較的速く慣れるかとは思いますが、体調を崩さず頑張ってもらえたらと思っています。連絡はひとまずこちらでも仲介しますので、コンタクトを希望される方は是非ご連絡下さい。

 

*岩田君を囲んで京阪沿線の同窓会を開きました!

去る2026年3月7日(土)、岩田君を囲んで京阪沿線の同窓会を開きました!

参加者は岩田君、私の他に、現在宇治在住の阿部君、枚方在住の若山君です。皆さん、写真を見て思い出しましたか?お互いにほぼ25年振りでしたが、それぞれ面影がしっかりとあり、私はすぐに分かりました。それぞれの近況については、また稿を改めますが、今回会った理由は、来月、岩田君が現在いる門真市の老人施設から岡山の同系列の施設に引っ越すからです。

岩田君が三重県伊勢から(パーキンソン病治療のために?)大阪に来てから9年目になり、障害年金2級で生活保護をもらうという厳しい状況ですが、元ご家族(元奥様と二人の子供)在住地に近い岡山市への移住を今回決めました。現在4月9日の引越に備え、準備を開始しています。新しい施設の外観は次の写真です。

現在、岡山の施設に時々面会に行ける友人などを探しています(今のところ、旧堀研中榮君(現エルピーダ)と若山君が行けそうです)。可能性のある同窓生や知人をご紹介頂けると大変助かります。宜しくお願いします。